三重県にて
March 24, 2011 [ Live ]
震災の傷跡が癒えるまでは、これからますます頑張らないといけないですね。
音楽業界も、3月いっぱいは演奏会を自粛する動きが多いです。
そんな中で西日本での演奏会は通常通り行われています。
21日は三重県で、新日本フィルハーモニーの演奏会にエキストラでのせていただきました。指揮のクリスチャン・アルミンク氏が来日出来なかったため、急遽、下野竜也氏がいらっしゃいました!GP前に、演奏者に、~国難を乗り切りましょう、というメッセージを下さり、感動しました。プログラムはベートーヴェンのプロメテウス序曲と交響曲第5番、そしてシューマンのピアノコンチェルトイ短調でした。2月の紀尾井シンフォニエッタの演奏会でも、調度下野氏の指揮する「運命」を聴いたので、今度は自分が弾く側にいるのが不思議な感じでした。音楽が自然な流れに沿っているような印象を受けたので、息が止まらずに演奏出来た気がします。アンコールには、バッハのアリアを演奏しました。震災後に開催された高校生(中学生?)吹奏楽のコンクールで、追悼演奏としてこの曲を彼らが演奏しているのをTVで見かけました。心に染みいる名曲です。でもヴァイオリン独奏用のG線上のアリアは結構弾くのが大変だったりします・・・。
東北地方太平洋沖地震によせて
March 18, 2011 [ Diary ]
東北地方太平洋沖地震が日本を襲ってから今日で一週間が経ちます。
依然として、行方不明の方の捜索、食糧・資源不足のままの状態の被災者の方々、そして今もなお原発と命懸けで闘っている方々・・・。毎日を大切に生きているつもりでも、いかに自分が平和ぼけしていたかを思い知りました。今の私に出来ることことといえば、節電すること、被災者の方々に物資を送ること、そして祈ることくらいしか出来ません。
今回、他国や各界の著名人から多くの義援金(物資)が届いています。例えば、インドネシアは「大変な時に日本はいつも助けてくれた。」とコメントしていたのを新聞で見ました。これまで、ニュースで日本が他国に多額の援助金を送ったときくと、国内も大変なのに何故、外国に??という想いがありましたが、それは、余裕のある人が困っている人を助ける・・・そんな当たり前のことすらわからなくなっていたからなのかもしれません。仙台空港が利用可能になったので、物資を届けられるようになりそうです、一分一秒でも早く。
地震が起きた時は都内のリハーサルスタジオで7人でリハーサルをしていました。安全なはずの地下なのにひどく揺れたので、必死で楽器を持って外に逃げました。今にして思えば、大した恐怖ではなかったけれど、自然の力に抗うことは、不可能ですが、素早い決断というのは、生き残る上で重要だと悟った瞬間でもありました。
反対に人間が造った脅威。放射能。原発がなければ私たちは生活が成り立たないけれども、当然伴うリスクの想定の甘さがこういう結果になったのでしょうか。一体、この責任はどこにあるのでしょう?当事者だけではありません。そういう事実を気に留めていなかった人、例えば、「私」にもあります。世界中が見守る中で、それを食い止めるべく、今なお奮闘中の方々を思うと、これ以上は何も言えません。
東日本が壊滅する危機に立つなんて一体誰が想像できたでしょうか?停電にならないと節電しないわたしたちは、なんてわからずやなんでしょう(とか言いつつBlog書いているし・・・)。せめて、天災で気付いたことを忘れずに、心に刻み込みたいです。
さて、こんなときに音楽家は何が出来るかしら?
正直言って、自分が帰宅難民になったときに、音楽を聴きたいなんて思いませんでした。そんな余裕ないです。でも、家に帰って、落ち着いてきたら、無性に音楽を聴きたくなった、というか、楽器を弾きたくなりました。
もし同じように、今は、音楽を聴きたくない方でも、生活が戻ってきて、あるいは、何か違う安らぎや刺激がほしいと思ったときに、楽しんでもらえる音楽を聴いていただけるように今はインプットしておきたいです。